REPORT
レポート
2019.05.25
「勉強しないとダメ!」はナシ! ひとり親家庭を支援する学習塾「渡塾」が徹底する寄り添う姿勢

 

 

みなさんは、学習塾にどのようなイメージを持っていますか?

受験対策のため、通知表の成績を上げるために、子どもたちが通う場所だと考えている方が多いと思います。塾では勉強をするのがあたりまえ。もし、勉強しない子どもがいれば、注意されることもあるでしょう。

 

でも、子どもが勉強しない背景には、何か理由があるのかもしれません。

 

学校で辛いことがあったのかもしれない。どうしてもやりたいことがあるのかもしれない。もしかすると、目の前の子どもに必要なのは、学力を上げることではないのかもしれません。

 

NPO法人あっとすくーるが運営する「渡塾」もまた学習塾。もちろん学習塾なので、受験に合格することや成績を上げることが目標です。しかし、授業時間に勉強をしないときもあります。悩みがあるのならじっくりと耳を傾けますし、将来的にやりたいことがあるのなら進路について一緒に考える。勉強を最優先にするのではなく、子どもたちの頼れる伴走者としてしっかりと寄り添います。

 

具体的にはどのような授業風景なのか。また、どのような経緯で始まったのか。今回、渡塾の箕面校を訪ねて、代表の渡 剛(わたり つよし)さんと職員の柳田 俊平(やなぎだ しゅんぺい)さんにお話を聞きました。

 

(渡 剛さん(左)と柳田 舜平さん(右)。)

 

渡塾 開講に至った3つの理由、当事者との出会い

 

渡塾が他の塾と大きく違うのは、主に「ひとり親家庭」を対象としていること。経済的に困難な事情を抱えていたり、家庭環境で辛さを感じている中学生・高校生に学習支援を行なっています。授業は1コマ70分。大学生サポーターの講師1人に対して、生徒2人の個別指導です。

 

 

代表の渡さんが、NPO法人あっとすくーるを設立したのは2010年3月。

同年12月に渡塾を開講しました。

 

『経済的困難なひとり親家庭の子ども達が、前向きに進路を選択できる社会を創る』ことをミッションとして掲げ、現在、箕面校、高槻校、吹田校、そして「ツムグバ」での塚口校を展開しています。

 

NPO法人と渡塾の立ち上げに至った背景には、どのような経緯があったのでしょうか。渡さんは「大きく3つのきっかけがあった」と語ります。

 

 

1つ目のきっかけは、渡さん自身も母子家庭で育ったことです。小学校までは不自由なく暮らしていましたが、中学校に入ると生活は一変。お兄さんの借金やお祖母さんの介護が重なり、経済的にも、精神的にも苦しい日々だったと振り返ります。

 

2つ目のきっかけは、大阪大学の1年生で、たまたま「子どもの貧困」に関する授業を受講したこと。自分と同じような、むしろ、自分よりも辛い状況に置かれている子どもたちがいる。「いつかは自分と同じような境遇の子どもたちに何か支援がしたいな」と思い始めます。

 

そして、3つ目のきっかけは、NPO法人edge」が主催する、社会起業家を目指す若者のためのビジネスプランコンペ「edge(エッジ) 2010」に参加したことでした。

 

 

(NPO法人edgeのホームページ。)

 

とは言っても、最初は起業するつもりはなかったのだそう。友達に誘われるがまま、軽い気持ちで『無料で通える学校』というビジネスプランでエントリーした渡さん。「きっと不合格になるだろう」という本人の思惑をよそに、1次審査、2次審査を合格してしまいます。

 

それでも、なかなか起業に対する意欲を持てずにいる渡さんに対し、メンターから叱責の声が出たのは、セミファイナル(3次審査)の前に出席した経過報告会のこと。「やる気がないなら帰りなさい!」「続けたいなら、まずは当事者の声を聞きにいきなさい!」と言われてしまいます。

 

すると偶然にも、翌日に『母子家庭の母親のおしゃべり会』が開かれると知った渡さん。会場の前で待っていると、代表を務めるお母さんがやってきました。

 

「メンターから『なぜ、あなたがこのビジネスをやらないといけないの?』と問われたときに、答えられなかったんです。そこで、当事者のお母さんに尋ねてみたら丁寧に答えてくれて。代表のお母さんが僕の手をガッと握りしめて『あなたのような人を待っていたのよ!』と声をかけてくれました。こんなふうに、誰かに面と向かって必要とされることがなかったので、心を大きく揺さぶられる出会いでした」

 

 

その後も当事者のお母さんに応援してもらった渡さん。

次第に、ひとり親家庭を支援することが自分の「使命」だと感じはじめます。

 

「当事者のお母さんたちは、僕自身が当事者であることが安心できるし、『母子家庭で育った大人の男性』というロールモデルを息子に見せられるのがうれしいと言ってくれました」

 

たくさんの人たちの背中を押してもらい、セミファイナルを見事にクリア。ファイナルで提案したにビジネスプラン『ひとり親家庭を対象とした学習支援』をもとに、大学3年生のときに前身となる任意団体「@school」を設立。大学卒業後に法人格を取得し、NPO法人あっとすくーるとして本格的に動きはじめることになったのでした。

 

 

「勉強したくない」の気持ちに寄り添う

 

冒頭でお伝えした通り、渡塾では勉強を最優先にすることなく、子どもたち一人ひとりに「寄り添うこと」を大切にしています。

 

例えば、筆談で会話するほど極度の人見知りだった生徒が、ある時、「先生とカラオケに行きたい」と言い出したことがありました。最初はすごく驚いたそうですが、本人の意思を尊重して、親御さんに許可をもらい、授業時間にカラオケに行ったこともあります。

 

「当時、あの子に必要なのは、勉強よりも人とお喋りができるようになることだと思ったんです。目の前の子に必要なことであれば、授業時間にカラオケに行くことも、一緒にゲームをすることもあります。必ずしも学力を上げることだけが大事なことではありませんから」

 

 

また、渡塾では、学習指導の他に進路指導も行なっています。どんな仕事に就きたいのか、将来はどんなことをしてみたいのか。大学生や社会人の話を通して大人のロールモデルを見せることで、「人生の進路」を考える機会もつくっています。

 

「子どもにこうなって欲しいという型にはめ込んだり、レールに乗せようとするのではなく、一人ひとりに合った生き方や進み方にきちっと向き合って、そのための場所をつくっていくことを意識しています」

 

学力を高めるだけでなく、子どもに徹底的に向き合い、寄り添っていく。大学生に向けた講師研修でも、「勉強しないとダメっていうのはナシっ!」と伝えているそうです。

 

「勉強したくないと言う生徒がいるのなら、『勉強したくない』ということに興味を持ってほしい。子どもの言動の背景を覗いてみて、そこから何か見えてきたなら、そっと寄り添って、最後の最後まで、その子の味方でいてあげてほしいとお願いしています」

 

ほっとする空間がある、「第二の家」のような学習塾

 

次にお話を聞かせていただいたのは、職員の柳田さん。親御さんとの話し合いや子どもへの学習指導、各教室に大学生を派遣するなど、コーディネーター的な役割を担っています。柳田さんは、「渡塾を『第二の家』のように感じている子どもたちが多いですね」と話します。

 

 

「第二の家みたいっていうのは、ある生徒が言ってくれました。家に帰っても誰もいないから、学校が終わってからそのまま渡塾に来る子も多いんですよ。畳の上でぐでーっと過ごして、夜になったら勉強するような、本当に家みたいな感じですね」

 

柳田さんが、ひとり親家庭と接するなかで感じているのは、親子関係にすれ違いが起きやすいということ。

 

「勉強ができないという状況を子どもたち本人は『どうにかしたい』と思っているんです。でも、どうすればいいのか、誰に頼ればいいのか分からない。一方で、親御さんは子どもの将来を心配して『勉強しなさい』と注意してしまう。お互いにストレスが溜まってしまうのも無理はありません」

 

渡塾の自習室は常に解放しているため、「授業がなくても、いつでも来ていいよ」と伝えているそうです。

 

自習室で勉強するもよし、畳の上で寝転がって本棚にある漫画を読むのもよし。家に帰るよりも、誰かが側にいるというぬくもりを感じられる。子どもたちにとって、渡塾は駆け込み寺のような場所なのだと思います。

 

(ごろんっと寝転がれる、お家にあるような畳。)

 

(授業前に漫画を読んでくつろぐ子どもたちもいるそうです。)

 

それでも勉強を頑張れない、今日は鉛筆を持とうとしない生徒もいます。そんなときは何か悩みごとを抱えていて、心の余裕がなくなっていることが多い。そこで、柳田さんは「どうしたん?」と聞いてみることから始めます。

 

「悩んでいる子どもに対して、勉強しなさいって注意して済むのであれば、うちの塾はいらないと思っていて。まずは話を聞いて、寄り添ってみて、解決できそうなら解決するし、今日は勉強やめておこうかというときもあります」

 

もちろん、受験を控えている子どもについては、「でも、今は勉強したほうがいいのとちゃうかな」と人生の先輩としての言葉も添えます。どうするのかを決めるのは子どもたち。でも、その前に、いくつかの選択肢を示すことも意識しています。

 

「自分の日常を理解しながら応援してくれる先生の存在は、子どもたちにとってとても大きいのだと思います。それは講師である僕たちにも言えることで、『自分には無理だ』と自信を無くしていた子どもが『頑張りたい』と一歩踏み出してくれた瞬間はとても嬉しいですね」

 

ひとり親家庭が安心して暮らせる社会を目指して

 

2020年で設立10周年を迎える、NPO法人あっとすくーる。渡さんに今後の展望を尋ねると、「今、あらためて自分たちのやるべきことを整理している」と答えてくれました。

 

 

「子どもたちが自分の人生を前向きに選択できる社会を創ると考えたときに、果たして、学習塾だけが僕たちのやるべきことなのかなと考え直しています」

 

数年前よりもひとり親家庭に向けた制度が整い、統計的には貧困率も下がっているそうです。でも、現場の肌感覚では、まだまだ改善されているとは言えません。

 

子どもたちが渡塾にいる時間は、1日のうちほんの数時間。それ以外の時間で、例えば、学校で先生から配慮のない言葉をかけられているかもしれません。そこで、渡さんはもっと子どもたちに寄り添える機会を増やしたいと考えます。

 

「まだ構想段階ですが、渡塾のような学習塾を自分の地域でもやってみたいと思ってくれる人を応援したり、ひとり親家庭が安心して暮らせる地域を住民のみんなでつくっていく形にできたらと考えています。僕たちだけではどうしても限界がある。ツムグバさんのように協力してくれる方々と一緒に、子どもたちを支えていきたいですね」

 

 

インタビューを終えて写真撮影の時間。

 

撮影している様子が珍しいのか、ひとりの生徒さんが近寄ってきて、スマホのカメラでパシャっと1枚。渡さんが「なに写しるん?」と尋ねたら、「○○君に見せてあげるねん」と続けてパシャっ。畳の上に腰掛けながら、冗談を交わしながら、しばらく笑い声が響きました。

 

学習塾と聞いて、どうしても無機質な印象を抱く方も多いのではないでしょうか。それは、勉強するためだけに通っていた記憶しかないからなのかもしれません。

 

でも、渡塾はもっと人間味に溢れています。

 

教室では勉強に集中している子どもたちの姿があり、畳の上では誰かが寝そべっていて、講師と生徒がまるで兄弟のように笑いながら話している。そんな渡塾で過ごす日々は、あたたかな記憶として、子どもたちの心に残っていくのだと感じました。

 

少しでも気になったら、渡塾を訪ねてみてください。

これまで学習塾に抱いていた印象が変わる、出会いがあると思います。

 

特定非営利活動法人あっとすくーる HP: https://atto-school.jimdo.com/